第76回 日本矯正歯科学会学術大会

知の蓄積と技との連関

さっぽろ芸文館、札幌市教育文化会館第76回 日本矯正歯科学会学術大会の会場前風景

第76回日本矯正歯科学会学術大会について

年に1度開催される、日本矯正歯科学会学術大会が、2017年10月18日(水)~20日(金)の3日間、ロイトン札幌、さっぽろ芸文館、札幌市教育文化会館で開催されました。

札幌の気温が低かったため、スーツの上にコートと皆さん温かい服装で会場に足を運ばれました。会場には全国から、歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士、などの医療従事者が集まりました。
今回、「知の蓄積と技との連関」というメインテーマのもとそれぞれの分野で活躍されている先生方の講演を聴講させていただきました。

下記に、聴講させていただいたプログラムの一部をご紹介致します。

【生涯研修セミナー】歯科治療と心の問題

生涯研修セミナー:歯科治療と心の問題

医学的に説明困難の口腔症状を訴える患者への対応

座長:
中村 芳樹 先生、不島 健持 先生
講師 :
安彦 善裕 先生

医学的に説明困難な症状は、「Medically Unexplained Symptoms(MUS)」といわれ、歯科領域における不定愁訴の多くは口腔領域の医学的に説明困難な症状(MUOS)と捉えられています。

講師が診察を行う口腔内科相談外来では、口腔粘膜疾患等来院する方だけではなく、歯科心身症の患者さんも多く来院するということで、講師の症例も交え講演されました。
矯正歯科治療の場合に遭遇するMUOSの主なものに、咬合異常感症や慢性顎関節症が考えられる場合があると説明されました。

また矯正歯科治療は審美的な治療面もあり、患者さんの中には身体醜形障害、社会不安、抑うつなど、発症している場合があると話されました。そのため、精神学的背景を診なければ治療が前に進まない場合もあると述べられました。

医学的に説明困難な症状の症例

【症例1】矯正歯科治療の患者さん(女性)
主訴は、左上2番をわずかに唇側に出した。そのため、咬合の変化はほぼない治療であったが、治療後咬合が全く合わなくなった。

【症例2】一般歯科治療の患者さん(女性)
主訴は、咬み合わせが合わないため、右上の治療を始め8歯同時に補綴治療をし、2年間治らず、右下のブリッジの治療が始まりブリッジが装着されてから咬合が全く合わなくなった。
その後、咬合調整を行ったが改善はなく、精神的に追い詰められた結果「地下鉄に飛び込もうと思った。」と訴えられた。

こういった口腔内の状態と、精神面の状態にギャップがある患者さんの症例を挙げ、医学的に説明困難な症状という診断がつくと説明されました。

歯科の分野以外の例として同じように、医学的に説明困難な症状の腰痛について話され、腰痛の85%が実は原因不明で医学的に説明困難な症状で診断名が付かないことがあると話されました。
この場合ストレスが原因であることが多くMUSは日常的に起こることである。「ストレスはありますか」という聞き方はしないように注意し、「ご飯をおいしく食べられていますか」など具体的な問診についても説明されました。

患者さんの中には話を聞いて欲しいだけの方もいるので、注意して患者さんを問診すること。外来に来院する不定愁訴患者さんを精神科に紹介することは、問題解決に至らない場合もあり、専門的リエゾン外来との連携について、必要性を強調されました。

そして、感情が不安定、リストカットの跡があるなど、精神状態が安定していない患者さんとの付き合い方について、矯正歯科で抱え込もうとはせず、精神科やリエゾン外来への紹介の選択肢もあることを話されました。

サテライトセミナー1
3次元分析を矯正臨床でどう生かすか 有効性と限界を考える

サテライトセミナー1:3次元分析を矯正臨床でどう生かすか―有効性と限界を考える
座長:
上岡 寛 先生、高橋 一郎 先生

米国矯正歯科臨床の3次元分析・診断における最新事情

講師:
出口 徹 先生

口腔内スキャナーは、移動する手間や保管場所が無いため効率的で且つ、利便性が高いという必要性について述べられました。患者さん側からの意見では、嘔吐反射がない、清潔感があるということがありました。

また、4つの口腔内スキャナー(iTero、TRIOS, CS3500、True Definition Scanner)の歴史から仕組み、特性や違いについてお話されました。
口腔内スキャナーの今後の課題として、価格15,000~20,000ドル、年間維持費5,000ドル以下にする金額の問題、メインテナンスの問題、他社との提携の問題などを挙げられました。また、CBCTの課題には、すべての口腔内スキャナーと併用できるようになることを挙げられました。

Eye trackingの研究結果では、人は不正咬合が著しいと男女とも口元に注目し、女性の方が顔全体を見る傾向があることを述べられました。

3次元画像解析の基礎と矯正歯科治療への応用

講師:
谷川 千尋 先生

現在の矯正治療分野では、3次元報告が増加しているとお話されました。
2次元と3次元の違いは、情報量であり、情報量が大きいと新しい知見が広がるので、3次元画像が臨床応用されると、容貌・表情などの顔の術前・術後の評価がより詳細になると述べられました。

また、抜歯に伴う矯正歯科治療前後の3次元顔面変化のパターンの説明をされました。

高解像3DMRIを用いた非侵襲的で規格的な顎変形症の形態と機能診断:下顎側方偏位症例について

講師:
後藤 多津子 先生

顎変形症の患者さんの画像解析、計測方法、咀嚼や顎関節、咬合面の解析結果について発表されました。咀嚼や咀嚼筋および顎骨の顎顔面形態を解明し、顎口腔形態と機能の関連についてお話されました。

また、3DMRIを用いて口腔と脳機能などを診ると、さらに幅広い研究になると述べられました。3DMRIでは、規格的な解析が可能であり、またMRIは被爆がないため、長期的な観察に有効であると述べられました。

サテライトセミナー2
外科的矯正治療の現状

サテライトセミナー2:外科的矯正治療の現状

外科的矯正治療への歯科矯正用アンカースクリューの応用と現状

座長:
吉田 教明 先生、谷本 幸太郎 先生
講師:
西井 康 先生

歯科矯正用アンカースクリューは現在、幅の広い領域で使用されており、その有効性について症例を含め述べられました。

講師が勤める医院の2014年~2017年のアンカースクリューを使用した外科的矯正治療は約2割程度で、具体的な例は下記のように挙げられました。

  • アンカースクリューの抜歯においての加強固定
  • 特に上顎骨の遠心移動
  • 近心移動
  • 圧下
  • 顎間固定
症例として

【症例1】(男性)主訴は、クラスⅢと同時にオープンバイト、右の小臼歯に叢生有、上顎前歯部唇側傾斜が強い。
治療計画は、非抜歯で上下顎骨の時計回りの回転をし、下顎骨の後退を行う計画でしたが、本人の希望もあり、下顎骨のみで大臼歯の圧下を行う計画に変更した。
口蓋にアンカースクリューを埋入し、大臼歯を圧下しました。右下の4番にアンカースクリューを埋入し大臼歯の遠心移動を同時に行った。

【症例2】(男性)主訴は、右側顔面麻痺 アシンメトリーが強い。右側はシザーバイトで左側は臼歯部が咬合している状態。それに伴い下顎右側の舌側傾斜上顎のアーチフォームが左に流れている。
下顎の左側大臼歯唇側傾斜部位にコルチコトミーを行い同時に、アンカースクリューを埋入した。上顎に関してはアンカースクリューを正中に埋入し矯正を行った。

このようなアンカースクリューの症例を多く挙げられました。

講師の見解として、硬組織はある程度動きが想定でき、アンカースクリューを使用することでより予知性の高い治療計画を立案できるが、軟組織の想定まではまだ難しいということを述べられました。アンカースクリューを用いることで、非抜歯矯正など患者さんの負担を減らせることができるが、矯正歯科医の治療が難しくなる、術前矯正が長くなると考えを示されました。

難症例になればなる程、アンカースクリューの活躍の場があるのではないかと話されました。
症例を発表し情報共有を行うことで、アンカースクリュー治療の今後の発展につなげたいと話されました。

特別講演2

特別講演2

革新的な次世代歯科再生治療の開発

座長:
山城 隆 先生
講師:
辻 孝 先生

再生医療における技術開発について、再生歯胚からの機能的な歯の再生と歯胚の分割による歯の再生、歯根膜を有する次世代インプラントについて話されました。
口腔器官の歯と唾液腺は、生活の質に大きな影響を与え、日常に重要な器官であり特に、歯科の領域における代替治療は他の医療領域より進んでいると述べられました。

歯の再生治療における研究は、これまで30年以上にわたっていると話されました。
歯の再生治療は、マウスやイヌの自家再生歯胚移植がされ、歯が萌出している写真も公開されました。再生された歯はエナメル質、セメント質、象牙質を有し、咬合させることで成長がとまり、痛みを感じるデータが出ており、歯髄の機能も有することも示されました。その再生治療を使用し、インプラントも矯正できることについて説明されました。

現在の治療は、インプラントを顎骨に埋入し、歯根膜を有さず骨と直接結合させているため、矯正治療のように移動させることはできません。
しかし、正常発生可能な再生歯胚を開発し欠損部に移植することで、歯根膜を持つ歯の萌出、咬合が可能であると次世代インプラントについて述べられました。

また、歯根膜の再生技術を使用し、HAインプラント体と歯根膜の機能を有する細胞シートを埋入することで、インプラントも矯正が可能になるだろうと将来の矯正治療の可能性について話されました。

さらに、歯胚を分割することにより、複数の機能的な歯を再生できることをアピールされました。生えてくる歯の大きさはシグナルセンターで決まっているため、大臼歯の際は、歯を2本移植し、矯正治療をして歯を並べ2本を補綴修復して大臼歯として使用するなど、具体的な治療方法も説明されました。

唾液腺の再生治療も行っており、大唾液腺を摘出したマウスに再生唾液腺を移植した所、唾液が分泌したという例も挙げられました。
また、大唾液腺を摘出したマウスは5日間で全滅し、小唾液腺のみでは、嚥下障害が起きた。再度大唾液腺を摘出したマウスに、とろみ材を溶かした水を飲ませると、生存率が上がった。再生唾液腺を移植した所、数日後に唾液分泌が始まり、体重減少が収まり、唾液機能が回復したと説明されました。
こうした、再生歯胚技術を利用し、先天性歯牙欠損の方々の役立てたいと願われていました。

スタッフ&ドクターセミナー

チーム医療:歯周治療における歯科衛生士の役割

スタッフ&ドクターセミナー
座長:
澤 秀一郎 先生
講師:
星野 由香里 先生

講師は、日本の歯科衛生士学校を卒業後、大学病院勤務を経て、現在スウェーデンにあるイエテボリ歯周病専門クリニックに勤務されています。講演は、スウェーデンの歯科医院での貴重な経験を踏まえ話されました。

スウェーデンでの歯周病と矯正治療に関して

患者さんは矯正治療を行う前に、歯周病専門家に紹介され、その際に口腔清掃の動機付けとPMTCを行う。PMTCはラバーカップやブラシではブラケット周りの清掃がしにくいため、エアーポリッシングを行っていると、矯正治療中の口腔衛生状態について説明されました。

そして矯正治療中に、口腔清掃状態が悪くなった場合は、一度矯正装置をはずし、改善してから矯正治療を再開すると述べられました。
近年、様々な研究結果から口腔が全身の健康に大きく関与することが明らかになり、カリエスや歯周病の予防など歯科衛生士の役割は大きいと強調されました。

歯科医療に関して

科学的根拠に基づき検証された治療を行うエビデンスベーストメディシンを重視し、治療を行っていると話されました。

スウェーデンの歯科チームは、歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士、受付、歯科看護師で1チームになっている。日本ではあまり耳にしない歯科看護師は、学校に1年半通い歯科看護師となりアシスタントを行えます。歯科衛生士は、歯周病・カリエスの診査診断ができると、日本とスウェーデンの差を話されました。

また受付は患者さんが初めに会うスタッフであり、受付で患者さんの気分が変わり、治療中の痛みの感覚も気分が悪いと、いつもより強くなるなど大切なポジションであると述べられました。
講師が、患者さんとお話しする際は、まず話を聞くことを大切にし、わかりやすい言葉で話し、話し過ぎないことを気をつけながら診療していることを説明されました。

JOSフォーラム

JOSホット・トピックス

講師:
和田 康志 先生(厚生労働省)

医療に関する広告規制の見直しについて、医療法の改正、虚偽、誇大などの不適切な表示を禁止することを強調されました。歯科矯正において、安全、安心な治療を行い、正しい情報を提供してほしいと述べられました。

現在は、厚生労働省(厚労省)で医療情報の提供内容などのあり方に関する検討会が行われています。議論内容の1つ目は、before&Afterの治療前治療後の症例写真、2つ目は、患者さんの体験談であると述べられました。これらは客観性がないのではないかということで、検討しています。

また、「5団体矯正歯科懇親会」を設置し、歯科矯正の専門医、広告などの歯科矯正に関わる諸課題について、国民や患者視点で団体の垣根を越え、大局的に議論していると述べられました。
現場の先生方がどうあるべきか、検討してもらえることが大事であると訴えられました。

3本学会の取り組みと新たな専門医制度の検討状況について

講師:
五十嵐 一吉氏 先生

日本矯正歯科学会の専門医制度について説明されました。2006年発足当時から、申請者が少なく、合格者が一桁で、2016年には専門医が、305名と発表されました。

専門医不在の都道府県は、福島、和歌山、鳥取、山口、高知、大分、長崎、沖縄であると話されました。専門医が増加しない背景として、課題症例を揃えることの困難さと、厚労省に認可されておらず、広告可能となっていないことを挙げられました。

また、日本矯正歯科学会の基本的な考え方として、専門医の名称が3団体で存在する認定方法は、かえって国民の混乱を招く恐れがあるとし、日本矯正歯科学会の中に2つの団体が入り一本化するのが望ましいと述べられました。

最後に、「医療機関ホームページガイドライン」の周知・徹底を呼びかけ、「医療機関ネットパトロール」については、医院のホームページの見直し、訂正がある場合は訂正するようにというお話がありました。

臨床セミナー2
包括歯科医療における矯正歯科治療

臨床セミナー2:包括歯科医療における矯正歯科治療
座長:
山田 一尋 先生、田中 栄二 先生

「Interdisciplinary、そしてTransdisciplinary treatment 」

講師:
中村 芳樹 先生

医療(歯科を含む)を取り巻く環境変化として、現在、歯科医師は、2015年103,972人に対し、12歳児の虫歯は0.8本と、矯正を含む歯科需要が著しく減少していると述べられました。
矯正歯科と一般歯科・歯周病科との連携では、歯周病を有する患者さんの矯正治療法、歯周病と不正咬合、歯周病科初診の症例について説明されました。

「成人矯正治療における歯周病学的背景」

講師:
不島 健持 先生

顎顔面包括歯科治療には、成人矯正の方が多く、歯周組織を考える必要があると述べられました。
矯正治療と歯周組織について、成人の不正咬合の人は高齢になるにつれ、歯周病が進行している個体が多くなると述べられました。

矯正治療前に細菌性の炎症がきちんとコントロールされていることが大切で、歯周矯正治療の基本原則をお話されました。歯周矯正治療の症例では、マルチブラケット装置と矯正用インプラントで治療した叢生患者の治療について発表されました。

「咬合崩壊症例に対する顎顔面包括歯科治療(IDT)の効果と問題点」

講師:
菅原 準二 先生

不正咬合を伴う咬合崩壊の症例について発表されました。
マルチブラケットシステム(MBS)は、矯正歯科の一番目のイノベーションである述べられました。

従来のMBSは、患者協力が不可欠で、アンカレッジコントロールが困難、予知的治療が困難、小臼歯抜歯の回避などを問題点として挙げられました。
下顎矯正手術(OGS)、インプラント矯正(TADs)の症例を発表し、TDAsが導入されてから、矯正治療や外科矯正の質が向上したことを述べられました。歯列のみならず顎顔面に拡大し、包括歯科治療の概念がIDTに移行しているという話をされました。

講師が関わったIDTの症例の年齢分布は45.2歳と述べられました。IDTの実践は患者さんの希望要求、価値観の差があるため実践は難しいと話されました。

症例展示

症例展示コーナー症例展示コーナー

症例展示では、パネル型の発表で「オートファジーを誘導」、「3Dプリント模型」、「ホームページ検索で来院した矯正患者について」、「アンカースクリューについて」など多くの症例が展示されていました。

また、3日目は1時間討論の時間も取られ各ブースの発表者と聞き手の距離が近く、興味深く耳を傾けられている様子でした。

商社展示

カリエール(大臼歯遠心移動装置)を使用した矯正歯科治療の症例発表第76回 日本矯正歯科学会学術大会の商社展示一例

商社展示では、ロイトン札幌で行われました。
矯正治療の最新歯科機器や矯正装置、レントゲン、歯科グッズまで多くの矯正治療に関連する企業が出展していました。

展示ブースの中では、カリエール(大臼歯遠心移動装置)を使用した矯正歯科治療の症例発表が行われており、多くの医療従事者が集まり賑わいを見せていました。

メディカルブース

第76回 日本矯正歯科学会学術大会のメディカルブース

今年も矯正歯科ネットはブースを出展し、矯正歯科ネットの紹介を積極的に行いました。
遠方より多くの歯科医師、衛生士、技工士、学生の方にお立ち寄りいただきました。

レポート:矯正歯科ネット運営部
※講演の発表内容については、当サイトにおいて必ずしも保証するものではございません。