監修医師
歯科医師 古川雄亮 先生
国立大学歯学部卒業後、大学院において歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子研究を行い、アジア諸国で口腔衛生に関連する国際歯科活動にも従事した。歯学博士修了後、南米の外来・訪問歯科診療に参加した。 2019年10月10日Nature系のジャーナルに研究論文「HIV感染患児における免疫細胞の数と口腔状態との関連性について」を公開。
子供の歯列矯正では、「急速拡大装置(きゅうそくかくだいそうち)」を使用することがあります。
カウンセリングで急に急速拡大装置といわれても、聞き馴染みがなくどういった効果があるのかわからず、本当に使用するべきか、必要なものなのか、検討することが難しい方も多いでしょう。
急速拡大装置の使い方や効果、メリット・デメリット、費用、装着期間など、さまざまな疑問を詳しく解説していきます。
公開日:2023/07/31 更新日:2024/02/16
歯科医師 古川雄亮 先生
国立大学歯学部卒業後、大学院において歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子研究を行い、アジア諸国で口腔衛生に関連する国際歯科活動にも従事した。歯学博士修了後、南米の外来・訪問歯科診療に参加した。 2019年10月10日Nature系のジャーナルに研究論文「HIV感染患児における免疫細胞の数と口腔状態との関連性について」を公開。
目次
急速拡大装置は上顎の歯列の横幅(歯列弓)を広げるための、自分で取り外しのできない固定式の拡大装置です。
金属製のバンドと太いワイヤー、そして歯列弓を押し拡げる力を調節する拡大ネジで構成されています。
金属製のバンドが歯にしっかりと固定されるので、外からは意外と目立ちません。
上顎骨は左右2つに分かれており、上顎正面にあるつなぎ目(正中口蓋縫合)があります。
この上顎骨の真ん中のつなぎ目は10歳頃に癒合しますが、癒合前に急速拡大装置によって拡大することで、上顎の幅を拡大できるのです。
拡大ネジを回して調整することで、900グラム程度からキロ(Kg)単位の強い力で歯列を外側へと押し拡げます。
永久歯が生え揃う前(混合歯列期)に急速拡大装置を使用しますが、上顎を拡大して上の永久歯が自然な位置に生えるための隙間を確保するのが一般的です。
急速拡大装置で誰でも歯列弓を拡大できるわけではなく、大人になってからの歯列矯正で急速拡大装置を使用することはほとんどありません。
急速拡大装置は、左右の顎のつなぎ目である「正中口蓋縫合(せいちゅうこうがいほうごう)」を意図的に拡大できる年齢に使用できます。
急速拡大装置の効果がある年齢は、教科書的に10歳前後といわれています。ただし、身体の成長には個人差があるので、10歳以降も使用することもあります。
急速拡大装置と似た「緩徐拡大装置(かんじょかくだいそうち)」という矯正装置もあります。
急速拡大装置が短期間で歯列弓を拡げるのに対し、緩徐拡大装置は時間をかけてゆっくりと歯列弓を拡げていくことが特徴です。
緩徐拡大装置は上顎骨の真ん中の縫合が癒合した後の成人でも使用可能です。
急速拡大装置の費用は自由診療のため、歯科医院によって異なります。
多くの場合は矯正治療の一部に含まれますが、1個当たりの費用としてはおよそ30,000円~60,000円ほどです。
子供の矯正の場合、急速拡大装置は第Ⅰ期治療に含まれることが多いですが、急速拡大装置の使用結果によってはマルチブラケット矯正等を行うⅡ期治療が必要となり、追加でⅡ期治療の費用がかかることがあります。
Ⅰ期治療を行うことでⅡ期治療が不要になることもありますが、多くの場合はⅡ期も必要です。
Ⅰ期治療はⅡ期治療の治療難易度を下げ、Ⅱ期治療を受ける子供の負担を減らすことができるものと考えておきましょう。
急速拡大装置の費用や具体的な使い方などについて、さらに詳しく紹介します。
急速拡大装置は、歯科医院で上顎の奥歯を土台に口蓋(お口の天井部分)に装着します。
一度装着したら、その後自分で取り外しをすることはできません。
装着後は歯科医院で指示された期間で指示された回数分、自分自身で装置のねじを回します。
ねじを回す頻度は1日につき1/4回転分(90°)を2回以上回すことが多いようですが、患者さんによってねじを回す回数や拡大する幅は異なります。
ある研究報告では、25~26日間にわたって1/4回転を1日2回行った際に上顎骨(鼻腔)はおよそ3.4~3.6㎜拡大された、とされています。※
※Does the Timing and Method of Rapid Maxillary Expansion Have an Effect on the Changes in Nasal Dimensions?
呼吸がしやすくなるメリットもありますが、鼻腔が拡がる点は知っておきたい重要なポイントです。
急速拡大装置を装着し、ねじを回す期間は数か月と短期間です。
ただし、短期間で急速に左右の上顎のつなぎ目(正中口蓋縫合部)を拡げるため、すぐに装置を取り外してしまうと少しずつ幅が狭まってきてしまいます。
後戻りを防ぐために、上顎の歯列の横幅を拡げ終わった後も一定期間装着したままにしておきます。
合計で約1年間装着することもあるため、緩徐拡大装置と装着期間は大きくは変わりませんが、拡大が終了した保定期間はねじを回す必要がなくなります。
矯正治療に急速拡大装置を用いるにあたって、メリット・デメリットを理解しておくことは非常に大切です。治療開始後に後悔しないように、メリットだけでなくデメリットも事前に知っておきましょう。
上顎の幅を拡大して歯を並べるスペースを確保することで、抜歯をせずに矯正治療できる可能性が高くなります。
子供のⅠ期矯正では、乳歯から永久歯に生え変わる時期に急速拡大装置を使用することで永久歯が正しい位置に生えてきて、マルチブラケット矯正などのⅡ期治療が必要なくなるケースもあります。
また、緩徐拡大装置に比べて上顎自体を横に拡大できる可能性があるという点が大きなメリットです。
急速拡大装置は固定式のため、自分で取り外すことができません。
食事中も装着したままになるため、装着後慣れるまでは話しづらかったり、食事のときに違和感や痛みを感じることがあります。
お口を開ければ装置が見えるため、自意識が高まる子供のころや思春期のころに使用するには、周囲の視線が気になることも考えられます。
また、急速拡大装置の周囲に汚れが残りやすくなるため、虫歯や歯周病のリスクも上がります。子供の場合は特に自分自身での歯磨きが不足しがちなため、保護者のよりていねいな仕上げ歯磨きが必要になります。
また、前述のとおり、急速拡大装置によって鼻腔が拡大することがあり、治療前と比べて鼻啌が拡がる可能性があります。
急速拡大装置についてよくある質問にお答えします。
A.急速拡大装置は上顎の骨を大きく拡げる治療です。上骨を拡げて安定した後は、後戻りしにくいといわれています。ただし、装置使用後に保定が足りていないと後戻りすることがあります。
A.急速拡大装置の周囲には汚れが残りやすく、マルチブラケット矯正の装置同様に虫歯や歯周病のリスクは高まると考えられます。
歯科医院で急速拡大装置を装着後の歯磨きの指導をしっかり受けるほか、子供の場合は保護者の仕上げ磨きをよりていねいに徹底して行うことが必要です。
A.通院間隔は、1か月~2か月に1回程度、口腔内のチェックのため通院します。毎日のねじの調整は自分自身または保護者の方が行うため、毎日通院する必要はありません。
子供のみでの通院も可能ですが、歯科医師に指示されたとおりにねじを適切に回すためには、小学校高学年になるくらいまでは保護者の方も一緒に通院するほうがよいでしょう。
急速拡大装置は、上顎の骨と共に歯列の横幅を広げる装置です。短期間で上顎自体を拡大できる可能性があり、矯正治療における抜歯を将来的に回避できるなどのメリットがあります。
一方デメリットとしては、急速拡大装置をつけている期間は食べにくかったり話しにくくなる可能性があります。また、鼻腔が横に拡がってしまう可能性は大きなデメリットに感じる方もいるでしょう。
急速拡大装置の効果が期待できるのは、10歳前後までです。
決断が遅くなると急速拡大装置では治療ができなくなり、抜歯が必要になることもあります。急速拡大装置の使用を検討する場合は、保護者の方と一緒にしっかり歯科医院で相談してください。